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  • 2019年10月27日
  • 読了時間: 2分

 10月27日(日)、市川大野高等学園にて、第29回柏井剣志会少年剣道錬成大会が開かれ、大野剣の子ども達もふるって参加しました。レベルの高い大会、レベルの高い相手に、大野剣の子ども達は苦戦。残念ながら高学年、低学年ともに緒戦で敗退しました。

 うーん!悔しいなあ! けれどみんな、前を向こう! 君たちの剣道人生は、まだ始まったばかりだ! そのことを理解してもらうために、ある昔話をします。

 昔々、ある町に、少年剣士がいました。少年は、勝ったり負けたりの、よくいる剣士でした。というか、むしろ剣士としては落ちこぼれでした。なにしろ、なかなか基本を覚えられず、仲間たちが防具をつけられるようになっても、一人だけ道場の隅ですり足の練習しかさせてもらえなかったり。仲間と一緒に受けた初段審査で自分だけ落ちてしまったり。みんなが克服していく右手打ちが、いつまでも直らなかったり。みんなにいつも遅れを取ってばかりいました。でも少年はがんばりました。誰よりもたくさん竹刀を振り、誰よりも懸命に稽古をして、剣道を研究しました。そして気が付くと、誰に負けない剣士になりました。

 誰のことだと思います? 答えは、いまだに誰も破ることのできない全日本選手権6回優勝の大記録を打ち立てた平成の剣豪・宮崎正裕先生です。宮崎先生は、

「私は、ほんとうに、どこにでもいる少年剣士でした」

 と、子どものころの自分を振り返っています。どこにでもいる少年剣士。そう、それは君のことだ! 君は、まだまだ長く続く剣の道を歩き始めたばかり。これから稽古をがんばって続けて行ったら、宮崎先生みたいにだってなれるかもしれない。だから前を向こう! 今日の負けを力に変えよう! そんな君に、勝利の女神はほほ笑むのだ!

 
  • 2019年10月14日
  • 読了時間: 2分

更新日:2019年10月15日



 10月14日(月)に国府台体育館で行われた第65回市川市民剣道大会(一般の部)。その個人戦・40歳代の部で、大野剣の吉田選手が3位入賞を果たしました。拍手!パチパチパチ!そこで今回は、試合後の吉田選手に対して行われたインタビューをお届けします。では、どうぞ。


――3位入賞おめでとうございます。

吉田「ありがとうございます!一生懸命稽古したかいがありました!」

――1回戦がシード、2回戦がお相手の欠場で不戦勝。3回戦と準々決勝はどちらも一本勝ちで準決勝進出でしたね。

吉田「はい。初戦である2回戦の不戦勝というのがラッキーでした。私は持久力に難がありますので、初戦で体力を温存できたことが幸いしました」

――たしかに準々決勝の後半はかなりバテた感じでしたが、ねばりましたね。

吉田「はい。おっしゃるとおりで後半は、ものすごくへばっていました。でも実は今日、2歳の娘がはじめて私の試合を見に来ていたんです。準々決勝の前にも観覧席に座っている娘を確認してから出て行きました。後半、疲れてきたときに自分に対して『さぼるな、娘が見てるぞ!』と言い聞かせて、しのぎました」

――試合後、娘さんの反応は?

吉田「それが・・・準々決勝が終わって観覧席を見たら、もう娘がいないんです。妻に聞いたら、どうやら私の試合に飽きて、開始直後に階段の方へ遊びに行ってしまったみたいで。そのまま遊びに行ったきりで帰ってこず。そのせいか、準決勝ではあっという間にスタミナが切れて、2本負けしてしまいました」

――負けたことを娘さんのせいにするって、おかしくないですか?

吉田「え、あ、はい・・・」

ーーそもそも初戦の不戦勝で体力を温存したはずなのに、なんでスタミナが切れるんですか。持久力がないって居直ってますけど、だったらあらかじめ、持久力をつける努力をしておくべきでしょ。それにもう一つ、準決勝は持久力のせいで負けた、みたいな言い方をしていますけど、あれは持久力以前の問題で、実力でお相手にボロ負けしていましたよ。

吉田「・・・す、すみません・・・ぐうの音も出ません・・・」

――分かればいいんです。それでは、最後に今後の抱負を。

吉田「来年は3歳になる娘に、今度こそ入賞した姿を見せたいです!」

――分かってないですね。そういう話の前に、もっと稽古をしてください。

吉田「すみません・・・ぐう」

――そのぐうの音をひっこめなさい! 

吉田「はい!もっと稽古しまーす!」


 以上、吉田選手へのインタビューでした。やっぱり稽古って大切ですね。とにもかくにも、大野剣の大人がんばりました! 子どもたちもガンバレー!!


 
  • 2019年10月12日
  • 読了時間: 3分

更新日:2019年10月15日


 10月6日、大阪・近畿大学記念会館で初段~五段を対象とした審査会が行われ、大野剣の鎌田鈴子さんが見事、四段に合格されました。パチパチパチ!(写真は大阪に旅立つ前の、2年前の鎌田さん。背中は大野剣友会の島田会長)

 そこで今回は、鎌田さんに敢行した、四段合格スペシャルインタビューをおとどけします。ふだんは冷静沈着な鎌田さんですが、審査ではいささか勝手が違った様子。それでは、どうぞ!

Q.このたびは、四段合格おめでとうございます!

A.「ありがとうございます、おかげさまで無事に、なんとかなりました」

Q.実技審査について振り返っていただけますか。

A・「お相手の2人に対して、きちんと入った打突は決められなかったように思います。ただ、人一倍声を出し、一歩前に出て打つように心掛けていました」

Q.実技を終えて何を思いましたか?

A.「しくじった、と思っていました。受けた感触が、不合格だった前回の方よりも悪かったからです。救護係をされていた7段の先生には『他の選手と貫禄が違った』と言っていただいたのですが、自分としてはいまだに、なぜ受かったのかわかりません」

Q.でも、それって逆にすごいことかもしれませんね。もしかしたら本番では「無意識」のうちに、前回にはなかった気のオーラや技の冴えを発揮していたのかもしれませんから。そして合格者の発表です。自分の番号を見つけた時は、どう感じましたか?

A.「実は、合格発表の紙が貼り出されても、そこに自分の番号があるのかどうかが判断できなかったんです。いえ、自分の番号はたしかにそこに見えていたんです。でも、そこに自分の番号があることが、どうしても信じられなくて。なので隣の方に、自分の垂れの番号を指さして『これって、あれと同じ数字ですか?』と尋ねて、確かめてもらいました」

Q.合格したと分かって、どういう感情がわいてきましたか?

A.「驚き、ですね。合格したという実感がなかなかわきませんでした。うれしいというよりも、ただただびっくりしてしまっていました。びっくりしすぎて、会場で外した垂ネームを、そのまま会場に忘れてきてしまったぐらいだったんですよ」

いかがでしたでしょうか。どこまでも自分の剣道を謙虚に見つめてきた鎌田さんの驚きが目に浮かぶようで、なんだかほっこりしますね。ともすると、この合格がまるで、まぐれかなにかのようにも聞こえてしまいます。でもそれは、もちろん間違い。

 思い出されるのは2年前、大阪への引っ越しに先立って行われた送別会での鎌田さんの言葉です。その席で、鎌田さんはこんなことをおっしゃっていました。

「この引っ越しはいわば大阪への武者修行のようなものです」。

 その言葉どおり大阪では名門道場・箕面剣友会の門をたたいて週2回七段・八段の先生方にかかり、大阪府女子稽古会にも月2回参加するなど稽古に余念がありませんでした。今年の夏には大野剣の合宿にも参加。合宿で鎌田さんの実力を目の当たりにした大野剣の我々にとって、この結果は必然。鎌田さんが万端整えた末、実力で勝ち取った栄冠であります。

 それでは最後に鎌田さんから大野剣へのメッセージです。

「大野剣のみなさんとの稽古は、本当に剣道が楽しくて楽しくて仕方ありません。また稽古ができる日をたのしみに。『ほんとに四段?』と言われないように、それまでしっかり稽古をしていこうと思っています」

 鎌田さん、あらためまして四段合格、本当におめでとうございます。大阪からの素敵なニュースに、島田会長はじめ大野剣のみんなは大喜びしています。われわれも負けないようにがんばります。またぜひ一緒に稽古してくださいねー!



 
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