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  • 2020年5月10日
  • 読了時間: 4分

更新日:2020年5月12日


 突然ですけれど、ドラゴンボールの孫悟空って、すごいですよね。たとえばフリーザとの闘いで言うと、ほんと、死にたくないとか、そういう意識はどこかへ飛んじゃっていて、ただただ地球を救う、人類を救うために戦っている。

 これって、武道の世界でいうと「忘我」あるいは「無我」ということなんだと思うんです。剣道の試合なんかでも、「負けたくないよー」とか「打たれたくないよー」とかって思いがよぎることってありますよね。そういうのはでも、試合をする上では雑念です。試合に集中していない証拠。そもそも、負けたくないよ、とか、打たれたくないよっていうのは自分の欲です。そういう自分の欲を捨てて、その立ち合いに集中できる。強い剣士って、そういう剣士なんですよね。

 孫悟空って、そういう「忘我」を持っている。しかも愛する地球を守るために戦っている。いわば彼は、度胸があって愛情深い。サイヤ人ですけれど、そういう人って、剣道が理想とする人物像なんですよね。

 今から160年ほど前、日本国内で、戊辰戦争という戦争がありました。新政府軍が、江戸幕府を倒そうと戦っていたんですね。で、最後の最後、もう新政府軍が江戸幕府を倒すぞー、という段階になったときに、将軍様は江戸城の中で考えるわけです。

「このまま戦争を続けたら、江戸幕府が倒されるばかりか、江戸が戦争の炎に包まれて、大勢の人が死んでしまう。それだけは避けたい。新政府軍に降参しよう」

 でも、ここで問題が持ち上がります。誰が、どうやって、その意志を新政府軍に伝えに行くのか。伝令を伝えいに行くにも、敵方のうじゃうじゃいる中を突き進まなければならないのです。いつ殺されてもおかしくない状況。でも殺されたら意味がない。

 そこで、白羽の矢が立ったのが山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)という剣豪でした。将軍様としては名前も知らない人物ですが、ともかく他に頼れる人がない。山岡鉄舟に、任せることになりました。すると山岡鉄舟は、まるで釣りにでも出かけるように、飄々とした雰囲気のまま伝令に出かけるのです。敵軍は、鉄舟があまりに堂々と通っていくので、あっけにとられて、誰も手出しできません。そして、見事、敵方の参謀である西郷隆盛に将軍様の意志を伝え、使命を果たします。この活躍によって、一滴の血も流れずに江戸城から将軍様が去られました。のちに伝えられる「無血開城」です。

 西郷さんはのちに、山岡鉄舟をこう評しています。

「命も、名誉も、金もいらないという人間は始末に負えない。でもこういう人物だからこそ、大きなことを成し遂げられるのだ」

 こうして山岡鉄舟は今も、のちの剣道人の一つの理想の姿となりました。ちなみに山岡鉄舟は、剣豪でありながら、生涯一度も、人を殺したことがありませんでしたし、殺し合いもしたことがありませんでした。いわば活人剣を地で行く人だったんです。

 けれども、命がけだったことは確かです。度胸があって、愛もある。そんな、リアル孫悟空みたいな人だったんですよね、山岡鉄舟は。で、この人の何が強かったかっていうと、結局は心です。だって、無血開城の時だって、一度も刀を抜いていないわけですから。

 剣道の理念って、ありますよね。「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」って。この理念を作ったメンバーの一人に、小川忠太郎という剣道九段の先生がいます。この先生いわく、剣の理法には三つあると。それはすなわち、刀法、身法、心法。

 それで、気づいたんです。新型コロナで対人稽古が出来なくなってから、子ども剣士の皆さんには刀法と身法を鍛える方法は語って来たけれど、心法の対策は語ってこなかったなあと。刀法といえば、まずは素振りですよね。身法は、とりあえず走りましょう、ってことでおすすめしたと思います。でも心法については、触れていなかった。だから触れます。

 みなさん、読書しましょう! 心を鍛える一つの方法は読書です。先ほどの小川忠太郎先生も、心法を語るにあたって、宮本武蔵の『五輪書』だとか、柳生宗矩の『兵法家伝書』だとかの本を引き合いに出していました。だから、本を読んで心を豊かにするっていうのも、剣道の立派な鍛錬だと思うんです。

 じゃあ何を読むか? 気取らなくたって、力まなくたっていいんです。剣道に結び付けて考えられるなら、マンガだって、ドラゴンボールだっていいんですよ。だって、孫悟空、かっこいいじゃないですか。その勇気に感動したら、それがそのまま、剣の理法のうちの、心法の修錬になるのです。最近流行りの『鬼滅の刃』だっていい。時代背景は大正時代だけれど、お話の背景には武士道精神があるみたいですし。

 それでも迷う人、『六三四の剣』はもう読みましたか? 剣道マンガとしては、最高傑作だと思います。少年剣士の剣道の話だし、主人公の成長ストーリーだし、作者も剣道のことをすごくよく勉強しているので、とっても面白いし、ためになります。

 心を鍛えたい子ども剣士は、ぜひどうぞ。 

 
  • 2020年4月22日
  • 読了時間: 3分

更新日:2020年4月25日


 稽古のできない日々がつづいていますね。稽古はもちろん、試合も、段審査も、すべて中止。こんなに剣道ができない状況は、第2次世界大戦で日本が敗戦国となり、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下で剣道が数年間にわたって禁止された時代以来、およそ70年ぶりのようです。

 では、剣道が戦争の道具と見なされ禁じられた時代、先人たちはいかに時を過ごしていたのでしょうか。コロナ禍に生きるヒントを求めて、こんな本を購入しました。月間剣道日本1995年10月号。特集はズバリ「戦争と剣道」です。

 この特集には戦中のことも載っています。「荒っぽい戦時剣道は楽しくなかった」とは第9回全日本剣道選手権大会の優勝者である伊保清次範士の言葉。そして戦後、剣道がついに、完全に禁止されてしまいます。進駐軍(日本に駐留した連合国軍)に竹刀や防具を燃やされてしまったり、剣道場が卓球場に変えられてしまったり。もちろん戦後すぐだと、誰もが、食べものにすら困る、生きるのに必死な時代ですから、剣道どころではありませんでした。しかし衣食住が充実してきても、剣道はあいかわらず禁止されたままでした。

 先人たちは立ち上がります。特集記事では、戦後の剣道復興に尽力した、さまざまな人々のエピソードが載せられていました。その中に、山梨の、こんな剣士が紹介されていました。この剣士は戦地から戻ったのち、進駐軍の通訳をして家族をやしない、戦後を生き延びました。そして時代が落ち着くと、なんとか剣道を再開できないかと頭をひねり、進駐軍にかけあいました。フェンシングに似せたルール(八つ割りの竹刀に袋をかぶせたり、一本取るたびに得点を入れて4点、5点と加算していくポイント制を導入するなど)で試合をさせてほしいと交渉したのです。この交渉は見事に成功し、試合が実現しました。

 この人物が山梨の剣道復興の礎(いしずえ)となったことはいうまでもありません。ちなみに、この人物の名前は島田里。そう、大野剣友会の島田稔会長のお父様です。

 戦後、剣道復興に力を尽くした人々のおかげで、今があります。現代を生きる私たち剣士は、個人差はあれど、そしてたとえ無意識にでも、剣道を単なるスポーツとしてだけでなく、礼法作法、思想も含めた、いわば文化として受け継いできました。そして剣道という文化には、戦後の剣道復興に尽力した人々の精神的DNAも含まれていると思うのです。

 剣道は武道です。「武」という文字の成り立ちは、「戈」(ほこ)を「止」める、です。すなわち武道は、相手の攻撃を止める道です。

 今、わたしたちを攻撃しているのは未知の相手、新型コロナウイルス。その猛攻撃を止めるために今、わたしたちが剣士ができる最大の「攻め」は、いわゆる稽古を我慢すること。悔しいジレンマですが事実です。だから、我慢するしかない。我慢しましょう。

 でも、いつか剣道ができるようになったら、剣士みんなで力を合わせて剣道界を盛り上げたい。そのために今、自分にできることは・・・・・・さ、素振り素振りっ!

 

更新日:2020年5月5日


 新型コロナウイルスの影響で、ついに緊急事態宣言が出されました。今は自分と、周りの人の命を守ることが最優先。剣道については、みんなで稽古をできる日がくるのはかなり先になりそうですね。それぞれが、一人でできることをやるしかないみたいです。 

 一人稽古と言えば、素振り。みなさん、素振りしてますか。私は毎日やっています。画像は「素振りアプリ」のホーム画面。百秀武道具という剣道具屋さんが開発したアプリです。スマホを持っている人は、『剣道/素振りアプリ』で検索してみてください。管理人である私も、毎日使っています。全国の中での順位が出たりして、面白いですよ。

 ところで素振りをしているうちに最近どうにも気になってきたのが「小指半掛け」って言葉。島田会長もおっしゃっていた、竹刀の持ち方、構え方の言葉。

「竹刀を構えるとき、左手は小指半掛け。柄頭に小指を半分掛けて持つ」

 この持ち方の効果は、私も実感するところです。そうやって持つと、打突の瞬間の剣先がストンと落ちる。打突に冴えが出る。だから、その効果は分かるんです。

 分からないのは、「小指半掛け」の理想形。「小指を柄頭に半分掛ける」の「半分」って、本当のところ、「小指の何の半分」なのかってことです。

 小指の「長さの半分」ってこと? それとも「小指の腹の面積の半分」? あるいは半分っていうのが言葉のあやで、「ちょいとひっかける」という意味? ひっかける、だったとしたら、ひっかけるのは小指のどこをひっかける?

 おそらく「小指半掛け」という言葉を広く知らしめたのは「現代剣道の祖」と言われている高野佐三郎先生です。でも、その高野先生も「半分」という言葉の意味については解説を残していません。では、何なのか。

 そんなことを考えてあーでもない、こーでもないと竹刀を振っているうち、最近、こんな発想に行きつきました。

「ちょうどいい小指半掛けの位置、掛け方を決めるのは、薬指と中指なのではないか?」

 薬指と中指で竹刀を固定しやすい位置で柄頭をてのひらに収め、その柄頭に小指の先の関節から先を当てて引っ掛ける、すると、かなり収まりがいいことに気づいたのです。

 思い返せば全日本選手権六回優勝で「平成の剣豪」と呼ばれる宮崎正裕先生は「両手とも、中指と親指の二本指だけで竹刀を持てるぐらいにしています」と語っています。もちろん小指、薬指を遊ばせているわけではなく「右手も左手もしっかり持つ」とおっしゃっていますが、中指を強調しているあたりが、独特ですよね。 

 実は宮崎先生以前にも、中指の重要性を語っていた人がいました。「明治の剣聖」という異名を持つ、明治時代の山田次郎吉という先生です。山田先生はこう断じます。

「剣は中指で握るのだ」

 中指で握る!? ちょっと衝撃的な言葉。でも明治の剣聖と平成の剣豪がそろって中指を強調しているのだから、何かがありそうだって思いませんか。

 現時点、私は手の形のせいなのか、中指だけだとどうもうまく握れません。イメージで言うと「中指と薬指の間で持つ」と、「小指半掛け」がしっくりきます。

 まだまだ研究途中ですから今後変わる可能性もありますが、ともかく今はそんな感じ。刀と人間をつなげる唯一の接着面である手の内。手のひらの中に宇宙がある感じで、どこまでも追及が終わりません。

 てなわけで今回の内容、子どもたちにはちょっと難しかったかもしれませんね。それでも伝えたかったのは、素振りって、それくらい、ものすごく大切なのよってこと。

 私も、素振りでさらに、理想の手の内を追い求めたいと思っています。冒頭の、素振りアプリを使って。

 
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