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ドラゴンボールと無我の境地


 突然ですけれど、ドラゴンボールの孫悟空って、すごいですよね。たとえばフリーザとの闘いで言うと、ほんと、死にたくないとか、そういう意識はどこかへ飛んじゃっていて、ただただ地球を救う、人類を救うために戦っている。

 これって、武道の世界でいうと「忘我」あるいは「無我」ということなんだと思うんです。剣道の試合なんかでも、「負けたくないよー」とか「打たれたくないよー」とかって思いがよぎることってありますよね。そういうのはでも、試合をする上では雑念です。試合に集中していない証拠。そもそも、負けたくないよ、とか、打たれたくないよっていうのは自分の欲です。そういう自分の欲を捨てて、その立ち合いに集中できる。強い剣士って、そういう剣士なんですよね。

 孫悟空って、そういう「忘我」を持っている。しかも愛する地球を守るために戦っている。いわば彼は、度胸があって愛情深い。サイヤ人ですけれど、そういう人って、剣道が理想とする人物像なんですよね。

 今から160年ほど前、日本国内で、戊辰戦争という戦争がありました。新政府軍が、江戸幕府を倒そうと戦っていたんですね。で、最後の最後、もう新政府軍が江戸幕府を倒すぞー、という段階になったときに、将軍様は江戸城の中で考えるわけです。

「このまま戦争を続けたら、江戸幕府が倒されるばかりか、江戸が戦争の炎に包まれて、大勢の人が死んでしまう。それだけは避けたい。新政府軍に降参しよう」

 でも、ここで問題が持ち上がります。誰が、どうやって、その意志を新政府軍に伝えに行くのか。伝令を伝えいに行くにも、敵方のうじゃうじゃいる中を突き進まなければならないのです。いつ殺されてもおかしくない状況。でも殺されたら意味がない。

 そこで、白羽の矢が立ったのが山岡鉄舟(やまおかてっしゅう)という剣豪でした。将軍様としては名前も知らない人物ですが、ともかく他に頼れる人がない。山岡鉄舟に、任せることになりました。すると山岡鉄舟は、まるで釣りにでも出かけるように、飄々とした雰囲気のまま伝令に出かけるのです。敵軍は、鉄舟があまりに堂々と通っていくので、あっけにとられて、誰も手出しできません。そして、見事、敵方の参謀である西郷隆盛に将軍様の意志を伝え、使命を果たします。この活躍によって、一滴の血も流れずに江戸城から将軍様が去られました。のちに伝えられる「無血開城」です。

 西郷さんはのちに、山岡鉄舟をこう評しています。

「命も、名誉も、金もいらないという人間は始末に負えない。でもこういう人物だからこそ、大きなことを成し遂げられるのだ」

 こうして山岡鉄舟は今も、のちの剣道人の一つの理想の姿となりました。ちなみに山岡鉄舟は、剣豪でありながら、生涯一度も、人を殺したことがありませんでしたし、殺し合いもしたことがありませんでした。いわば活人剣を地で行く人だったんです。

 けれども、命がけだったことは確かです。度胸があって、愛もある。そんな、リアル孫悟空みたいな人だったんですよね、山岡鉄舟は。で、この人の何が強かったかっていうと、結局は心です。だって、無血開城の時だって、一度も刀を抜いていないわけですから。

 剣道の理念って、ありますよね。「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」って。この理念を作ったメンバーの一人に、小川忠太郎という剣道九段の先生がいます。この先生いわく、剣の理法には三つあると。それはすなわち、刀法、身法、心法。

 それで、気づいたんです。新型コロナで対人稽古が出来なくなってから、子ども剣士の皆さんには刀法と身法を鍛える方法は語って来たけれど、心法の対策は語ってこなかったなあと。刀法といえば、まずは素振りですよね。身法は、とりあえず走りましょう、ってことでおすすめしたと思います。でも心法については、触れていなかった。だから触れます。

 みなさん、読書しましょう! 心を鍛える一つの方法は読書です。先ほどの小川忠太郎先生も、心法を語るにあたって、宮本武蔵の『五輪書』だとか、柳生宗矩の『兵法家伝書』だとかの本を引き合いに出していました。だから、本を読んで心を豊かにするっていうのも、剣道の立派な鍛錬だと思うんです。

 じゃあ何を読むか? 気取らなくたって、力まなくたっていいんです。剣道に結び付けて考えられるなら、マンガだって、ドラゴンボールだっていいんですよ。だって、孫悟空、かっこいいじゃないですか。その勇気に感動したら、それがそのまま、剣の理法のうちの、心法の修錬になるのです。最近流行りの『鬼滅の刃』だっていい。時代背景は大正時代だけれど、お話の背景には武士道精神があるみたいですし。

 それでも迷う人、『六三四の剣』はもう読みましたか? 剣道マンガとしては、最高傑作だと思います。少年剣士の剣道の話だし、主人公の成長ストーリーだし、作者も剣道のことをすごくよく勉強しているので、とっても面白いし、ためになります。

 心を鍛えたい子ども剣士は、ぜひどうぞ。 

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